勉強の仕方がわかりません。『What』何を より『How』どう?が大事。その1️⃣
塾をやっていて一番多いのが『勉強の仕方がわかりません。』という問い合わせです。当然といえば当然です。
実はこの『勉強の仕方』というものは曲者です。教育産業の過剰なサービス競争により、完全に生徒はサービスを受ける側となりました。当然、生徒は自分なりの勉強法を導き出す必要がなくなりました。これを便利になったというのか? こと教育に関しては難しいところです。塾はサービス業ですが、サービス精神満載ではいけない特殊なサービス業なのです。こどもに『生きる力』を与える『教育』サービス。『自分で考え、解決する力が身につくよう導くこと』が仕事です。
(これは難しい!相手は子どもですから、飴やら鞭やら、なだめたりすかしたり、突き放したり、ヨシヨシしたり、女優並です。
しかも他のサービスと大きく異なる点は、サービスを受ける人(子ども)と、お金を支払う人(保護者様)が別!という点です。お子さまの教育方針を保護者様と共有しなければなりません。
一方、『お願いします』や『ありがとうございます』と言われる職業でもあります!時にお土産やお礼の品まで。なんと特殊なサービス業であることよ…。お礼を言われる仕事に就く者は勘違いしないようにしなければなりません。
この場を借りて、『こちらこそありがとうございます』です。☺
話がそれました。戻します。)
ところが、今の教育サービスは真逆の方向に向かっています。生徒が確認テストで間違えた問題をコンピュータが記憶し、類題を次々と出してくれます。生徒はひたすらプリントアウトされた問題をやり、自力でできるようになったと錯覚する、という嘆かわしい事態を引き起こしています。その結果どうでしょう。難関校に入ってもまたそこで高校の勉強法について自力解決できないという罠が待ち受けているのです。そして高校入学早々、塾に通うサイクルに陥ります。教育産業が自分で生きられない子どもを量産する先駆者になっているのです。
安易に解決策を提示する、それどころか必要とされる前から、先回りかけつけ隊になりすぎることは、生徒の成長を妨げるものではないでしょうか。
今世の中には、「コレをやれば成績が上がる」という優れたものが巷に溢れています。あるものは利用すべきですが、安易に『What』何を に走るのは心配です。大事なのは『How』どう取り組むか、です。
ちょっと長くなるので、明日に続きます。