あかつき塾から塾生さんへ 真面目なメッセージ

旺文社 『螢雪時代』より

先日、「文豪から学ぶ実践的戦略」の動画をブログに載せました。

それに引き続き、教養に関する記事を今朝の新聞コラム「折々のことば」から一つご紹介します。

「教養をつけるとは泣面をすることである。ぽろぽろとくやし涙を流すことである。」 高橋義孝

教養とは、荒れ性の肌にはどんな化粧品が合うかというようなものではないと、ドイツ文学者は言う。なぜ事態はこうなのか、それを理解したいのに、読んでも意味が掴めず、「原著者を馬鹿野郎呼ばわりし、自分の頭を自分でなぐりつけ、くやしく、残念で、ぽろぽろ涙をこぼす」。そういう切迫感がないところに、教養の《眼》など備わりようがないと。

『言いたいことばかり』から。

鷲田清一

上記のコラム自体も読みづらいですよね。簡単にまとめてみます。

文学は、難解なため読んでも意味がつかめない。だから原著者の書き方が悪いのだと原著者のせいにしてはみるものの、やはり自分の理解力のなさが泣けてくるほど悔しい。そこでまた立ち上がり、理解しようと再度文章に食らいつく。そんな葛藤の中で初めて、教養は身についていく。

勉強に関しても同じですね。全力を出して頑張った結果、うまくいかなかったときに初めて、悔しがる権利が生じるのではないでしょうか。

学生が悔しがるべき対象は、大半の子にとって勉強です。(もちろん他のジャンルで頑張るもあり) しかし大人になったら、自分で見つけなければなりません。

もし、適当やってそこそこでいいや〜と思っていた生徒さんがいたとします。きっと悔しさもないかわりに真の喜びもないでしょう。本気じゃないから仕方ないわ〜又は、うまくいってラッキーくらいでしょうか。

楽しかったことは簡単に忘れますが、辛かったことはいつか最高の思い出となり、一生ものの血肉になります。

ということで、明日からまた前向きにいきましょう!

( 頑張れ頑張れがしんどいときは、ちゃんと節度を持って休憩し、元気を充電してくださいね🍵)