【中学受験で消耗しないために】

一般的な中学受験塾のテキストはすべてマスターする必要があるか。

当たり前ですが、一度にすべてマスターすることは難しいです。学年が上がり繰り返す中で、だんだんとザルの目が細かくなるような勉強が現実的です。

知っておいたほうがよいに違いないけれども量的に消化不良となる過剰な知識は、小6で時間がなくなるにつれ、寝る前に目を通す形にしましょう。

四年生のころはまだ勉強だけでなく、他の習い事と並行できます。覚えきれないものはマーカーを引いて、ノートに書き出しておきましょう。繰り返し出てくるので入試までのどこかの時点で身につけばよい、と多少ゆったり過ごしたほうが長続きします。

漢字もドリルだけでなく、読書から自然に知るのが理想的です。無理に漢字検定を受けさせる必要はありません。

それよりも文脈の中から適切な漢字を想起して書けるかのほうがはるかに大切です。

それを塾もよくわかっており、簡単な漢字二文字を組み合わせた熟語が出た覚えがあります。

文脈は忘れましたが「生起」という熟語でした。これは「この文脈で『セイキ』なら『生』と『起』かなと勘で書いた。」というエピソードがあります。

暗記に頼るだけでは力を発揮できない問題の一つでした。

文脈の中から適切な漢字を想起して書けるか。

この力こそ漢字力であり国語力の一つです。文脈から場面が脳内に描かれていなければ答えられません。

壁を一つ越えるためには、算数でもそうですが、パターン学習の呪縛から解き放たれなくてはなりません。特殊算や公式暗記に囚われすぎず、その場で対応できる力をつけなければ、早晩、限界がきます。一度身についた手っ取り早い方法から脱却させるのは非常に困難です。「それでも合格しなければ意味がない」と思われるかもしれませんが、考える力の先に「合格」があります。正直、中学受験であれば、解法を身につければ合格できるかもしれません。しかし中学受験は通過点です。中学に入ったあとのほうが大切です。伸び切ったゴムのようにならないよう気をつけながら、お子さんを導くのが最適です。

中学受験には向き不向きがあります。精神的大人度も関係します。成長度に適した受験をおすすめします。また親の側に受験を楽しむ余裕が必要です。「進学塾を利用し楽しみながら子どもの頑張りをサポートしつつ見守る」くらいの構えていると、健全な小学生生活を送れます。